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2011-11-06

『愛と平和と音楽の3日間』 〜世界を変えた伝説のロックフェス〜





 1969年8月15、16、17日と3日間に渡り、ニューヨーク郊外のベゼル丘で歴史を動かすロックフェス“Woodstock Festival”が行われた。いや、もはや単なるロックフェスではない。アメリカ社会に留まらず、音楽史だけでなく、世界と時代を変えた3日間。戦争でもなく何かの宣言でもなく、天災でも神の力でもない。この時代をリアルに生きた人間たちが創り出した『愛と平和と音楽の3日間』と呼ぶのが一番ふさわしいのではないか。

 1969年、それは暗い方向に向かっていく世界とそれに希望の光をさそうとする若者たちとが交錯した時代だった。アメリカでは映画『イージー・ライダー』が公開され、ヒッピームーヴメントが広がり、古いしきたりと暗い時代に意義を唱える若者たちは、髪を伸ばし“反体制”を唱えていた。いわゆる“Counter Culture(対抗文化)”と呼ばれるその動きは“Don't Trust Over Thirty30歳以上の人間を信用するな)”という象徴的なスローガンとともに、日本を含む世界各地を巻き込んでいた。しかしそんな若者の声は儚く、世界は希望の見えない閉鎖的方向に向かい続けた。この年の2月にはアラファトを議長として事実上パレスチナ亡命政府が成立、6月にはニューヨークでは警察に対するゲイの暴動としても有名な「ストーンウォールの反乱」が起こり、7月にはアポロ11号が月面着陸を果たし、9月にはベトナム戦争の最中ホー・チ・ミンが死去し、戦争は激化、北アイルランドでは毎日のようにテロのニュースが流れた。

 そんな時代の中8月15日、黒人フォークソンガーのリッチー・ヘヴンズの歌とアコースティックギター、D−40の演奏で始まったのがWoodstock Festival”である。アメリカ内でも、キング牧師の暗殺など人種差別に対する公民権運動の戦いの中で自由と平和と平等を求めた若者たちにとって、当時28歳だった黒人のリッチーが唄った『Freedom』という曲は多くの希望を与え、心に染み渡ったであろう。ファンク・ミュージックの元祖といえるスライ&ザ・ファミリー・ストーンも、黒人・白人・男・女という当時にしたらとても珍しいメンバー編成でバンドの存在自体が強いメッセージ性を備えていた。そして最後を締めくくったのが天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスだ。彼もまたアフリカン・アメリカンという人種であった。最終日は大雨により一時コンサートが中止になっていたため、彼の出番は翌日の早朝だった。最終日20万人以上いた観客のほとんどは帰ってしまい、実際にウッドストックでの彼の演奏を聴いたものは数百人だけだという。そんなまばらな観客を見渡し演奏し始めたのが、アメリカ合衆国国家『星条旗(The Star Spangled Banner』である。それは耳慣れたアメリカ国家で始まったものの、途中からの彼の演奏は曲ではなくエフェクターを駆使した衝撃的なものだった。爆撃機の空襲音や人々が逃げ惑う様子を完璧なまでにギターという楽器で創り出した。彼が『星条旗』の演奏で表現したのは、先程も述べたように当時の悲惨なベトナム戦争とそれにのめり込むアメリカ国家、暗い方向へと進んでいこうとする国家と世界に対する痛烈な批判なのである。この演奏は今でも伝説とされ語り継がれている。この演奏は現在ではYoutubeからは全て削除されているが、ここにも何かしらの現在の政治的な意図があるのではないか。そしてこの伝説の3日間はジミ・ヘンドリックスによる、後に合衆国公式行進曲とされる『星条旗よ永遠なれ(Stars and Stripes Forever)』の演奏で締めくくられた。

 このフェスティバルにはあらゆる伝説が語られるが、ただ幸せで平和なだけのフェスティバルであったとは言えない。会場は平凡なニュ―ヨーク郊外のマックス・ヤスガー所有の農場で、ロックやヒッピー、ドラックなどとはかけ離れた場所であったため町の住人の反対運動は激しかった。現実問題フェスティバルに訪れたヒッピーたちはドラックに染まっており、全裸で水遊びをしているなどまさに混沌状態であった。何より問題だったのが来場者数である。主催者側の予想していた1万人から2万人を遥かに上回り、最終的には51万人ほどが訪れたとされている。チケットなどもはや関係なかった。訪れた人たちは全員で“愛と平和と音楽”を感じた。映画『ウッドストックがやってくる』に描かれているが、この“もはやフリーフェス”といういきさつには面白い事実がある。主催者は健全で真面目な青年であったが、記者会見の際に緊張しすぎたため生まれて初めてマリファナを吸ったのだという。ハイになった彼は記者たちの前で『自由だ!!!このフェスティバルはすべて自由なんだ!!!!』と叫んだ。メディアがその様子を流したところ、世界中のヒッピーたちは“フリーフェス”と勘違いしチケットのない人々も遠くからこぞって集まった。そんな経緯から溢れた来場者数により、食料や水の供給、トイレや宿泊施設などは収集がつかず、さらにこの週末の間降り続いた大雨が会場をさらに混沌とさせた。

 こんな最悪と言っていいほどのシチュエーションの中、暴力事件や大きな犯罪は起こらなかった。数には諸説あるが死者は交通事故などでの2人と、さらに出産が2人あったということだ。来場者全員が愛と平和を願いウッドストックに集った。豪雨の中で、泥と食糧難の3日間を訪れた人たちはむしろ楽しみ、昔からアメリカの病根といわれる人種差別、精神的断絶がその3日間だけはまったくなかった。黒人の歌に白人が酔いしれ、共に踊り、同じテントで眠った。この事実が世界中の人々に強烈なインパクトを与え、『タイム』誌は「60年代の若者の特別な文化が、その力と主張を発揮した瞬間」と評し、「史上最大のハプニング」とも記した。1960年代後半という戦争やテロ、権力と暴力の波に飲まれていた世界で、この3日間だけは音楽の力によって愛と平和が唄われた。これこそがウッドストックフェスティバルが伝説として語り継がれ、現在でも「ウッドストックの再来」などと奇跡のフェスティバルとして評価されている一番の理由ではないだろうか。

 そして始めに述べたようにこのフェスティバルは世界を変えた。時代が時代ということもあり、この時期にちょうど歴史に大きな変化が重なったということもある。まずロックフェスであり、音楽界には大きな動きをもたらした。“ロックの商業化”である。結果的にフリーフェス状態になってしまいフェスティバル自体での収益は少なかったが、フェスの様子がドキュメンタリー映画『ウッドストック』によって世界中で上映されたり、ウッドストックの曲を収録したCDアルバムなどが発売されたりしたことにより、最終的にこのウッドストックフェスはかなりの収益に繋がった。結果としては大成功に収まったこの祭りであるが、この結末は「ロックは金になる」という構想を生み“ロックの商業化”をもたらした。“ロックの商業化”というのはそれまでの魂に満ちた本来の意味でのロックという観点から述べれば「ロックの死」と同じことである。この商業化された流れがよくわかるのが70年代初期のアメリカを舞台とした映画『あの頃ペニーレインと』であり反体制を掲げる若者たちの音楽から、明確に大人のビジネスに変貌していく時代を描いている作品だ。またその10年後を描いた映画『ロックスター』ではミュージシャン自身も人気や名声を求め、“完全に商業化されたロック”がはっきりと描かれている。



 
そして音楽に留まらずこの祭りは政治と社会に衝撃を与えた。「正義なきベトナム戦争」への反対運動をきっかけとして、1960年代若者たちは立ち上がっていた。自然、愛、平和、自由などを掲げて暴力と戦争を批判し、人間のあるべき姿に戻り生きてゆこうという動き。彼らはヒッピーと呼ばれ一大ムーブメントとなっていた。1967年に起こったヒューマン・ビーイン(人間性回復運動)も彼らが中心となり、カウンター・カルチャーの重要な担い手となっていった。このような動きにはこの時代のロック、音楽が深く関わり、皆音楽と歌を愛していた。こんな運動のピークと言われるのが“Woodstock Festival”である。希望のない方向へ進むアメリカとベトナム戦争を、音楽、デモ行進、徴兵の拒否、ドラック、フリーセックスなど若者らしい力で食い止めようとした。正しい方法かとか効果があったかなどはもはや問題ではない気がする。少なくとも、このロックフェスティバルではその想いを掲げた若者たちの力が集まり、世界中に衝撃を与えた。結局この祭り以降カウンター・カルチャーやヒッピー文化は衰退していき、ベトナム戦争は泥沼化していった。反対を訴え続けてきた若者たちの世代のアメリカ人青年たちが多く犠牲となった。人種差別は未だになくならず、戦争は終わらない。では彼ら若者たちとこのロックフェスが残したものはなんだろうか。

 私は1969年を生きていない。しかしザ・フーもジャニス・ジョップリンもサンタナも好きだ。このフェスティバルには出ていなくてもこの時代を創ったビートルズ、ボブ・ディラン、ローリングストーンズも好きだ。何が言いたいのかというと、“音楽は残る”“伝説は語り継がれる”ということだ。戦争や紛争がなくならない現在、人種差別も消え去らない現在、この“Woodstock Festival”は人々の心に残り続け愛と平和とを訴え続けるだろう。おそらくジミ・ヘンドリックスの『星条旗』やリッチーの『Freedom』を聴くたびに人々の心には、このフェスの奇跡とこの時代の悲惨さと平和を願う気持ちが思い出されるだろう。現在も世界各国で平和や平等、権利や職を求める若者たちがデモなどを通して訴えている。ヒッピーの運動と同じように彼らの運動の仕方が正しいかは問題ではない。若者たちの運動も虚しく最終的に暗い方向へと進んでしまったアメリカのベトナム戦争は多くの反省が述べられる。もっと若者の力を信じて、声を聞き入れたら何かが変わるかもしれない。現在のデモによってすぐには世界が変わらなくとも後世想いが残っていくかもしれない。そんなことも“Woodstock Festival”は教えてくれたのではないか。

2011-08-25

Dancing Summer



夏休み漫喫中。
音楽にまみれた夏休みかな。


この夏は海外も行かないし(韓国はもはや日本)
どんな夏になるだろうと思っていたけど、案外充実してます。




一番はやっぱりサマソニになりそうです。
だれかsuedeみた人いないのかなあ、、
今のところまさみしか知らないけどwww


もともと大好きだけど、生でみてから空前のsuedeブームが到来!!
オルタナとかブリットポップなんだけど、グラムな要素も入ってて
それがもうやらしくてたまらなーい♡
Suede - Animal Nitrate


なんだか最近は踊りたくなるような音楽が好きです。
ロックばっか聴いてきたけどさ、もちろんロックもばりばり踊れるよ?
ただヒップホップとかエレクトロとかなんかこう、、、
クラブミュージック的なのも聴きたいのね。




要はクラブ行きたいんだけどwww






もうすぐ夏は終わっちゃうけど私達の夏休みは終わりません!!!!
残りの休みは踊って飲んではしゃぎたいですなwww








今日もlmsの8定です!!
最後のjazzがたのしみ。






さ、天気悪いけど洗濯干してご飯つくろっかな。

2011-07-22

あだち充作品『タッチ』の魅力

 「少年サンデー」に1981~86年の間連載された漫画あだち充の作品『タッチ』。年代としてはちょうど私の父親たちの世代である。しかも少年漫画。私自身そこまでアニメ、マンガを読むタイプではないし、野球に特に関心があるわけでもないが、この作品はマンガもアニメ(おそらく再放送)も映画も観た。ストーリーを知っていながらも何度見ても良い作品だなあとつくづく感じる。私の世代の女の子たちも同じような人は多いだろう。いつまでも古くならない、男女ともに世代を超えて愛され続けるこの作品にはどんな魅力があるのだろうか。
 この作品は高校野球と恋愛が軸となっている作品である。1970年代までのスポーツ漫画といえば、「スポ根」、「男らしさ」やそこから生まれる「熱い友情」などが前面に押し出されていた。『巨人の星』『あしたのジョー』などはその典型例といえよう。言ってしまえば、「暑苦しい」「男くさい」作品だ。そんな作品のなかで女性の役割は、スポーツ第一の男性を陰でやさしく支え、あくまでも男性がメインに描かれている。そんな風潮を一掃し新たな“やさしいスポーツ漫画”として生まれたのが『タッチ』である。それまで筋肉が強調され、スポーツシーンは特に過激だった作品のイラストとは打って変わり、絵は癖がなくやさしいタッチで描かれている。ストーリーも平凡で親しみやすく、“超ミラクル”的な要素はない。少年漫画でありながらも、少女漫画に近い作風になっているのである。
 第一に読者の共感を得たのがR・ジラールの論説「モデル=ライバル論」としての登場人物たちの心理の関係性である。“欲しいではなく憧れ”を重視している。主人公の上杉達也はが、彼は直接その対象を追求するのではない。双子の弟「上杉和也」という存在を自分のモデルとして彼に憧れを抱いている。そしてそのモデルを媒介として、「和也」に憧れることによって「浅倉南」「甲子園」という対象を追いかけているのである。この論説は私たち日常ではよくあることであり、読者の多くはこの達也の心理に共感を抱いたのである。
 第二に重要なのが「浅倉南」の存在である。先ほども述べたように、これまでの作品では女性は男性の影で描かれていた。南もマネージャーというポジションで達也を支えているわけであるが、その中でも南の存在は輝いている。達也と和也、二人から愛されている上、他の野球部員からも信頼され大切にされている。新体操部で活躍するなど、彼女自身の運動神経もよい。基本的に明るく素直で、前向きで気丈な性格。一生懸命物事に取り組み、人前では泣き言や弱さを見せたがらない。否のつけようのない女の子とでもいえよう。女性読者はそんな南に憧れを抱いた人も多いだろう。しかしあくまで南に対して共感できる部分も多くあるのが支持される理由だと思う。まわりには明るく気丈に振舞いながらも実は弱い部分もある。完璧な風でありながら、涙を流し傷つく南もいる。たとえば南が電車の通過するガードレールの下で泣くシーンなど、普段南が周りに見せない姿を読者は目にするのである。(このシーンは特に印象的で、ただ大声で泣いているらしい絵が描いてあるだけなのである。この無音の間によって、南の哀しみの深さや、複雑な思いがくっきりと浮かび上がり、彼女の心情に引き込まれるのだ。さすがあだち充。)
 第三に主人公「上杉達也」の等身大な面と天才的な面とのバランスだ。ただ等身大な男子高校生だったら特に面白くもなく、読者は飽きてしまう。しかし天才すぎる(魔球が使える、完璧でモテモテなど)と共感を得ずに羨望や反感が生まれてしまう。「上杉達也」のこのバランスは何だったのか。弟の和也はそれこそ天才、というか欠点がない。野球もうまいし勉強もできる、そんな和也とは正反対に取り柄もなく何一つやり遂げたことのない達也像はまず等身大な存在としてスタートする。しかし和也の死後、野球部に入部した達也は和也をもしのぐ才能を発揮して、ついに明青高校を甲子園出場にまで導くのである。要は天才肌である。素直にかっこいい。「上杉達也」はただ等身大な存在としてではなく、そこに才能と情熱、南への強すぎるくらいの執着、そして繊細さを兼ね備えていたのである。このバランスこそ、彼が男性からも女性からも支持されたポイントだと思う。この作品で出てくる家族関係や日常の生活感、そんなものも登場人物たちをありのままに映し出しこのバランスを生んだのではないだろうか。
 タイトルのタッチはバトンタッチの意味が込められており、弟の夢を兄が受け継いでいくことを表わしている。南の夢を和也に代わって、和也からバトンタッチして叶えた達也。しかし達也でなければ叶えられない南の夢がもう1つあった。「好きな人のお嫁さんになること」だ。南は不安を抱く。達也は「欲しいものは欲しい」と言えるようになるのか。最後まで引っ張る2人の「恋愛未満の関係」が美しい。この、読者をなんとなく気恥ずかしくさせるような、爽やかで瑞々しい恋。けれど、決してゴールが見えない恋。この「恋愛未満の関係」こそ、最後の「上杉達也は浅倉南を愛しています。」というこれだけの言葉を輝かせ、多くの読者の心をひきつけてやまないのであろう。